芸能事件録

芸能事件を振り返ります

タグ:早稲田大学

1 名前:砂漠のマスカレード ★@\(^o^)/[] 投稿日:2016/05/02(月) 17:15:48.89 ID:CAP_USER9.net
「ハンカチ以来パッとしないわね、早稲田さん」「ビリギャルって言葉がお似合いよ、慶應さん」などの挑発的なキャッチコピーが、昨年話題を呼んだ東京六大学野球の“早慶戦”ポスター。
そのお陰ということでもないだろうが、早稲田大学と慶應義塾大学はともに志願者数が昨年を上回ったという。
かねてより政財界に多くの人材を排出してきた両校だが、実は芸能人にも出身者は多い。どんな人がいるのか調べてみた。

有名大卒の芸能人というと学力を重視しないAO入試で入学したケースが多いが、早稲田大学の場合は、難関の一般入試を突破した芸能人も多い。
イケメン俳優の藤木直人(43)もその一人だ。藤木は進学校として知られる千葉県立佐倉高校を卒業後、1年の浪人生活を経て、理工学部に入学。
在学中に映画『花より男子』(東映配給)で俳優デビューし、芸能活動のために1年留年することになったが、無事卒業を果たしている。
今月スタートした何かと話題の報道番組『ユアタイム~あなたの時間~』(フジテレビ系)でメインキャスターを務める市川紗椰(29)も、早稲田出身。
彼女は米国の名門コロンビア大学に合格したが、日本でモデル業に専念するため、早大の政治経済学部に進学した才媛だ。
また、内野聖陽(47)は、在学中より文学座研究所に入所し、俳優活動をスタートさせた。演劇サークルが多いことで有名な早稲田ならではだろう。
その他の出身者は、不倫が話題になった乙武洋匡(40)、フリーの皆藤愛子アナ(32)、お笑い芸人の小島よしお(35)など。
また、バンカラな早稲田らしく、中退して有名になったタレントも多く、堺雅人(42)、室井滋(57)、松本幸四郎(73)などがそうだ。

いっぽう、育ちがよい、親が資産家などのイメージを持つ「慶應ボーイ」。かつてはそうした学生が多かったが、
近年では付属校から進学した者以外はごく一般的な家庭の出身者がほとんどになっている。
そのためか、一昔前まで慶応大学出身の芸能人の卒業生は少なかったが、近年では増えつつある。
お笑いコンビ「オリエンタルラジオ」の中田敦彦(33)は経済学部の卒業生だ。
受験生のときは早朝3時に起きて勉強に励んでいたという努力家で、慶大には現役で合格しているが、芸能活動が忙しく2度留年し、6年がかりで卒業した。
同じくストレートで経済学部に入学した、お笑い芸人のふかわりょう(41)は有名私大に多くの合格者を輩出している国学院高校出身。
慶大への憧れが強く、それ以外の大学は一切受験しなかったという。
また嵐の櫻井翔(34)も慶應大学経済学部の出身。嵐として活動しながら、ちゃんと大学にも通い無事卒業した。
その他の出身者は、石原良純(54)、小出恵介(32)、紺野あさ美(28)、ミッツ・マングローブ(41)など。
やはりどことなく、育ちのよさがうかがえるのが興味深い。

芸能の道を志しながら勉学に励むのは大変だが、櫻井翔などは知識があったからこそ
『NEWS ZERO』に抜擢されたとも言える。「芸」ならぬ「学は身を助く」なのだ。

http://dailynewsonline.jp/article/1124155/
2016.05.02 14:00 日刊大衆

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広末涼子が2003年10月7日、一応在籍していた早稲田大学を自主退学することを公式ホームページで発表した。退学届は6日に提出した。

1999年4月、広末は「自己推薦」なる制度を利用して教育学部国語国文学科に入学。しかし、当初から出席日数は不足し、取得単位数は5年かかって30単位。これは、本来なら1年次に取得する単位にも満たないものである。9月にはいったん休学届けを提出したが、大学側との協議で退学という結論になった。

広末は、「私にとって大学生活は貴重な財産となり、大学で得た人間関係も新しい世界をもたらしてくれました」と振り返り、「女優としてお芝居を続けていきたいという夢を大切にしていきたい。『大学生活』に感謝します」とコメント。所属事務所も「学業と仕事を両立すべくスケジュールをやり繰りしてきたが、中途半端な結果を双方に残したくない」と理由を説明している。

これまでの報道でも、欠席が多かったことや、授業中も手紙を書いていたり途中で退室したりなど、率直に言って「授業について行けない」ことが報じられていた。

もともと進学校出身でもなければ、最初から早大目指して受験勉強していたわけでもなく、アイドル活動中に、ポンと出てきた進学話。「早大ブランド」を手に入れたことで、もはや彼女の目的は達成されていた。

では、卒業がおぼつかないことを承知の上で、なぜ5年間も学籍をおき続けたのか。そしてなぜその時に、退学だったのか。

やはりそれはタイミングだろう。ひとつは、同じ年に入学した学生たちがすでに卒業したことがある。翻って自分は、いくら片手間の学生生活といったって、満足に単位も取れず卒業のめども立たないままの「2年生」。惨めな気持ちになるに違いない。

もうひとつは芸能人としてのパブリシティを意識したものと考えられる。99年、伊勢谷友介とのゴシップでケチがついて以来、広末にはロクな話がなかった。タクシー無賃乗車や仕事のスッポカシなどの奇行報道で、10社以上あったCMも一時はゼロに。「愛なんていらねえよ、夏」(TBS)などドラマも低視聴率で、その上、大学も挫折では、芸能人としてのイメージに決定的なダメージを負うところだった。むしろ、そんなときだからこそ「早大ブランド」にしがみつきたかったといっていいかもしれない。

それがこの当時(2003年)は、ライフカードのCMや求人情報サイトのディップのイメージキャラクター、さらにヤフーBBのCMなどにも起用され、映画「恋愛寫眞」もまずまず好評だった。名誉挽回の「元カレ」(TBS)も15%の視聴率をキープ、さらに筧利夫との共演でつかこうへいの舞台出演が決まるなど、持ち直しの感があった。

このときなら、「仕事と学業の両立が困難」という大義名分も何とか使えそうだ、と考えたのではないだろうか。

しかし、どちらにしてもこの退学騒動ははた迷惑な話、という批判は強い。まず、入学試験で割を食った受験生たちだ。

彼女が受験した「自己推薦」なる制度は、一般受験のような客観性は保証されていない。当然、大学のパブリシティの一環として広末を優先的に入学させることは大いに考えられる。ちなみに、この時は90人が受験して合格したのは60人だった。広末が出しゃばらなければ、単純に考えても落ちた30人のうちの誰かが救済される。いや、彼女がいなければその年の選考基準自体が抜本的に変わり、合格者がガラッと変わってしまう可能性もなくはない。全く罪作りな話だ。

「吉永小百合は一般入試で受験し、きちんと大学に通っていました。ところが、広末は入学の際に優遇してもらった上に単位もほとんど取っていない。そんな広末のせいで入学できなかった人が気の毒。彼女には社会的な責任があると思う」(『日刊ゲンダイ』2003年10月11日付社会評論家の久里禎久氏)

さらに、彼女の出身高校の生徒、つまり後輩達も被害者である。誰が見ても一流進学校とはいえないそこは、ただでさえ早大の入学は困難なのに、広末先輩がミソをつけてくれたおかげで、自己推薦制度で入ることもきわめて難しくなったと見られる。その高校出身のフィギュアスケートの選手として活躍した八木沼純子は、早大教育学部に進学したが頑張って卒業しているのだから、なおのこと、広末の身勝手さは腹が立つことだろう。

この騒動の根本には、少子化対策と同大学の長期低落傾向を安易に考えている大学当局の甘い姿勢が見えてくる。有名タレントを入れれば何とかなる、とナメていたのではないか。早大のような、私学でも伝統と知名度のある大学なら、もっと他に大学の価値を高める方法はあるだろうし、新興大学よりもその点では恵まれているはずである。しかし、その点をはき違えていたのではないか。

たとえば広末が入学する1年前の98年11月、早大では「意議・新医療・新エネルギー国際シンポジウム」なる会合が開かれた。そこでは、とかく非科学的な言説で知られる人物が実行委員長を務めたものだが、総長がわざわざ出席して歓迎の挨拶を行うという事態を招き、週刊誌等でも批判を受けていた。

理工学部を設置した高等教育の場で、オカルトショーに総長が顔を出して大学行事としてのお墨付きを与えるのだから、こんなばかげた話はないだろう。

かつて日、やはり早大の万年学生らによる、「スーフリ」事件が話題になったが、オカルトへの迎合といい、タレントスカウトといい、大学当局が率先して道を誤っているとのそしりは免れない。

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